歡迎光臨 我的中国旅行:山西省運城市
山西省運城市 
Shanxi sheng Yuncheng shi 
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都市名
  運城市。ここ運城は三国時代蜀の名将関羽の故郷である。前回山西省に行ったときは省の南部まで行かなかったので、訪れてみた。駅前には関羽の像が建ち、さすがに関羽の故郷だなと思わせる。
  解州関帝廟へは駅前からの路線バスでも簡単に行けるので苦労しなかったが、常平関羽家廟へはたぶん21路のバスで行けるはずだが、どこから乗られるのか分からず、結局タクシーに乗って行くことにする。駅前で面的タクシーの運ちゃんに値段交渉するが、場所もしっかり分かってないようだし、面的にしては高い値段を言うので、駅前で客待ちしている夏利車の運ちゃんに交渉する。値段は同じだったけど、車がいいのでこっちにする。この運ちゃんはいい人で、いろいろ説明してくれたり、日本の話などで盛り上がった。最近は適正な料金で信用を大事にして仕事を続けようと考える運ちゃんも増えてきたようだ。(2001年4月)

関羽像 Aug. 2008
Guanyu Xiang
thumbnail 駅前に建てられた関羽像。三国演義を読んだ人なら誰でも好きになってしまう人柄ではないだろうか。中国でもその忠臣ぶりで人気があり、全国各地に関羽を祀る関帝廟が建てられている。以前は黒い像だったが、現在は金ピカの像となっている。
解州関帝廟 Apr. 2001
Xiezhou Guandimiao
thumbnail 崇寧殿。関羽を祀る主殿。殿名の由来は北宋崇寧三年(西暦1104年)に徽宗が関羽を崇寧真君に封じたことから。清乾隆帝から賜った「勇神」の文字などがある。
常平関羽家廟 Apr. 2001
Changping GuanYu Jiamiao Xiang
thumbnail 関羽の宗族を祀る廟が運城の南25kmの常平村にある。関羽の故郷がここ解州常平村だ。この村の人々が名将関羽を慕い、この廟を建立する。隋代に創建され、金代に廟の風格を帯びる。
関聖故宅碑 Aug. 2008
Guanshengguzhai Bei
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解州関帝廟 Apr. 2001
Xiezhou Guandimiao
thumbnail 解州関帝廟は、故郷として関羽を祀るために、隋開皇九年(西暦589年)に創建、宋、明代に拡張。清康煕四十一年(西暦1702年)火事で焼失、十数年にわたって修復される。ちなみに解州の解は「謝」と同じ発音が正しいので間違えないように。地元の人はなぜか「害」と同じ発音で読んでいる。
解州関帝廟 Apr. 2001
Xiezhou Guandimiao
thumbnail 春秋楼前。楼内には「春秋」を読む関羽像がある。現存の建物は清同治九年(西暦1870年)に重建。
常平関羽家廟 Apr. 2001
Changping GuanYu Jiamiao Xiang
thumbnail 他の関帝廟ではみられない、関羽の始祖忠諫公、曾祖先昭公、祖父裕昌公、父成忠公とその三祖の夫人が祀られている。廟内の塔は父母のために金大定十七年(西暦1177年)に建造された。
関公祖塋 Aug. 2008
Guangong Zuying
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都市名
  永済市。中心地は城西街道。解州の関帝廟を観た後、そのまま市内へ帰るのも勿体ないので、バスに乗って永濟まで行くことにした。ここ山西省はすごく埃っぽく、ボロバスに乗って移動しているとすぐに真っ黒になってしまう。道の舗装もよくなくて、疲れるなぁ。
  街に着いた後、普救寺行きの路線バスがすぐに見つかったので、乗って行く。すぐ近くに蒲津渡遺址があり、鉄牛が有名らしいのでバイクタクシーに乗って観に行くが、観光地として整備するために鉄牛は掘り起こされて、建設機器の上に乗せられていた。それにも関わらず入場料は取るのだから...。(2001年4月)

普救寺 Apr. 2001
Pujiusi
thumbnail 唐代武則后天時に創建。原名は永清院。約50mの舎利塔がそびえる。境内の西廂花園は「西廂記」の中老夫人と鶯鶯が住んでいた場所。
蒲津渡遺址 Apr. 2001
Pujindu Yizhi
thumbnail 唐開元十二年(西暦725年)に玄宗帝が秦と晋を結ぶために、黄河に浮橋をかけた場所の遺跡である。
黄河 Apr. 2001
Huanghe
thumbnail 蒲津渡遺址からもうしばらく行くと、雄大な黄河を眺めることができる。ここで釣りをしている人もいたけど、どんな魚が釣れるのだろう?
蒲津渡遺址 Apr. 2001
Pujindu Yizhi
thumbnail 黄河の両岸に鉄牛、鉄人、鉄山、鉄柱を設け、船を用いて浮橋を作ったもの。千年を越える歳月で清代には黄河の土砂で埋もれてしまったが、1989年の再調査で鉄牛などが発掘された。

都市名
  稷山縣。中心地は稷峰鎮。翟店鎮に三義廟があるとのことなので訪れてみた。侯馬から稷山までは列車で移動。稷山火車站は、街から少し離れた場所にあるので、街中まで歩く。南関バスターミナルから翟店行きに乗り、翟店から三義廟のある西位村まで歩く。体が鈍っているのでなかなか辛い。なんとか三義廟までたどり着いたが、管理人が不在で建物の中は見られなかった。残念。(2012年5月)
三義廟 May. 2012
Sanyimiao
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大佛寺 May. 2012
Dafosi
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都市名
  平陸縣。中心地は聖人澗鎮。ネットで検索していると、ここには周倉廟があるとのこと。周倉は実在の人物ではないと言われているが、墓もあれば故郷のここに廟まであるのだ。平陸に到着、周倉廟の近くまで行くバスがないかと探していると、おばちゃんに声をかけられた。聞いてみると、街の外れからバスが出ているそうだ。それほど苦労もなく、周倉廟へ到着。管理人などは見あたらず、廟内には入られなかった。しかし、覗いてみると真ん中には関羽らしき像が。周倉ではないのか。(2008年8月)
周倉廟 Aug. 2008
ZhouCang Miao
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周倉廟 Aug. 2008
ZhouCang Miao
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都市名
  芮城縣。中心地は古魏鎮。運城からまたボロバスに乗って向かう。う~ん、このところ毎日ボロバス移動をしている。もう慣れてしまったか3時間程度の移動は苦にもならなくなったけど、埃っぽいのだけは慣れないな。見所は永楽宮一つだけ、これだけを観るために何時間も費やして移動するのも考え物かな? バスには他の観光客なんていないし、客もあまりいないので移動時間は退屈だった。でも永楽宮の壁画は素晴らしいものだった。(2001年4月)
永楽宮 Apr. 2001
Yonglegong
thumbnail 大純陽万寿宮。宮門、龍虎殿、三清殿、純陽殿、重陽殿の5つの建物で構成。三門峡水利工事の影響で水没するために、1959年に現在の場所に移築された。
永楽宮 Apr. 2001
Yonglegong
thumbnail 道教の寺院で、龍虎殿、三清殿、純陽殿、重陽殿内には元代に描かれた総面積1000平方メートルに及ぶ壁画があり、元代屈指の名画とされている。

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