歡迎光臨 我的中国旅行:重慶市
重慶市 
Chongqing shi 
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都市名
  重慶市。日中戦争時には、蒋介石が率いる国民党の重慶政府が置かれ、臨時首都となった。1997年3月には四川省から分離され、4つ目の中央直轄市となる。
  昆明から列車に乗って、約23時間で到着。四川省や雲南省に居たときはそれほど暑くなかったが、重慶に着くとやはり蒸し暑く感じるようになった。重慶に来た目的は郊外の大足石窟を見るのと、三峡下りの出発点だからだ。
  重慶市内にはこれといった観光地もなく、日中戦争時、国民党、共産党が利用した建物などがあるだけ。坂が多い街なので階段を上り下りしたり、バスに乗ったりして、一通り回ってみた。(2001年8月)

曽家岩50号 Aug. 2001
Cengjiayan 50hao
thumbnail 1938年末、中共代表が重慶に到着後、周恩来が個人名義でこの建物を借り、自身と中央中共南方局の事務所としたため「周公館」と呼ばれた。
桂園 Aug. 2001
Guiyuan
thumbnail もとは国民党張治中の公館。毛沢東が1945年8月末に重慶へ到着してから、張治中は別の場所へ移り、重慶談判の間、毛沢東へ提供された。
磁器口古鎮 Aug. 2004
Ciqikou Guzhen
thumbnail 磁器口は、重慶市街から14kmほど離れた嘉陵江の畔に位置する。古くは白崖場、白崖市、白崖鎮、龍隠場、龍隠鎮とも呼ばれ、嘉陵江下流からの物資を水揚げする港として栄えた。
甘寧墓 Oct. 2005
GanNing Mu
thumbnail 万州区。
釣魚城遺址 Apr. 2004
Diaoyucheng Yizhi
thumbnail 嘉陵江の南岸、魚釣山上に位置する。南宋淳祐二年(西暦1242年)に四川制置使兼知重慶府余玠が元兵を迎撃するため、播州(貴州遵義)の冉璡、冉璞の兄弟と共に建築を始める。
釣魚台 Apr. 2004
Diaoyutai
thumbnail 四川の名将王堅、張珏が、この城を堅く守ること36年余り。1259年、元憲宗が自ら十万の大群を率いて進攻するが、王堅が応戦。先鋒の汪徳臣が元軍の砲火をくぐって突撃、自らの死をもって元憲宗に重傷を負わせる。元憲宗もまもなく死亡、元軍は北へ帰した。釣魚台は伝説中の巨人が嘉陵江の魚を釣った場所。
臥佛 Apr. 2004
Wofo
thumbnail 唐代に開鑿された懸空臥佛。合川の名僧石頭和尚が釣魚山山頂に護国寺を創建、周りに懸空臥佛や立佛、千佛石窟などの摩崖造像が残る。現在でも近くの住民がお参りに来る。
寶頂山石窟 Aug. 2001
Baodingshan Shiku
thumbnail 大足区。寶頂山石窟は主に大佛湾と小佛湾の2つの部分からなる。大佛湾は長さ500m、馬の蹄の形をした湾になっている。大きな彫刻は30数幅もある。
寶頂山石窟 Aug. 2001
Baodingshan Shiku
thumbnail 大足区。宋代彫刻の特色を最も持っている。宋蜀中の名僧趙智鳳が彫刻を始め、南宋淳煕六年から淳祐九年(西暦1179-1249)の70年余りの歳月を費やして彫られた。
北山石窟 Aug. 2001
Beishan Shiku
thumbnail 大足区。唐景福元年(西暦892年)から南宋紹興年間、250年以上かけて造成された。290窟あり、南側は唐、五代の彫刻が多く、北側は宋代の彫刻が多い。写真は第245窟「無量寿佛経変相龕上半部」、唐代末の作品。
双江鎮 Apr. 2004
Shuangjiang Zhen
thumbnail 潼南区。鎮内には猴溪、浮溪と呼ばれる2つの渓流があり、古鎮を囲うように流れているので「双江」という名がついた。今もなお古い街並みが残り、特に清代の建築物の保存状態がよい。
清代楊氏民宅 Apr. 2004
Qingdai Yangshi Minzhai
thumbnail 潼南区。清代光緒年間の建築物。現在は博物館になっている。また双江は中国革命早期の重要人物の一人、楊闇公の故郷であり、楊闇公の弟である楊尚昆主席なども輩出している。老街は楊闇公の旧宅も残っており、こちらは陳列館となっている。
紅岩村 Aug. 2001
Hongyancun
thumbnail 中共中央南方局、八路軍重慶辧事處。1938年日本軍が武漢を占領したときに八路軍が設立した。1945年8月28日には毛沢東がここで国民党と談判をしている。
桂園 Aug. 2001
Guiyuan
thumbnail 毛沢東と国民党の談判や、各界愛国の士、記者などとの会見が幾度となく行われた場所である。1945年10月10日「国共双方代表会談紀要」が締結された。
磁器口古鎮 Aug. 2004
Ciqikou Guzhen
thumbnail 磁器口は、北宋咸平年間に建立された宝輪寺を中心に、その周りに市が立つようになり、物資の交易場所として街が形成された。磁器口には12条の街巷があり、建物は明清時代の風格を残す。
青龍瀑布 Oct. 2005
Qinglong Pubu
thumbnail 万州区。
淶灘鎮 Apr. 2004
Laitan Zhen
thumbnail 淶灘鎮の城門、古翁城。清同治年間に太平軍を防ぐため、大規模な防御のための工事が行われた。古鎮を取り巻くように石垣が組まれ、4つの城門も設けられていた。
二佛寺 Apr. 2004
Erfosi
thumbnail 淶灘鎮内、唐代に創建された二佛寺。上下二寺があり、下寺には南宋淳熙年間に開鑿された摩崖造像が残る。写真は釈迦牟尼像、高さ12.5mで有名な大佛の一つ。
二佛寺 Apr. 2004
Erfosi
thumbnail 下寺に現存する龕窟は42、石彫りの佛像、菩薩、六祖大師、羅漢など1613尊にのぼる。山壁に依って開鑿された摩崖造像は下寺の南、北、西の岩石上に集中。典型的な仏教禅宗の造像である。中国禅宗の正法に則った釈迦牟尼と六祖、女性化した達磨などは仏教芸術が広がりを見せた証拠となっている。
寶頂山石窟 Aug. 2001
Baodingshan Shiku
thumbnail 大足区。著名なものは六道輪回、廣大宝楼閣、華厳三聖像、千手観音像、釈迦涅槃聖迹図、九龍浴太子、孔雀明王経変、毘廬道場など数多くある。
寶頂山石窟 Aug. 2001
Baodingshan Shiku
thumbnail 大足区。千手観音龕。88平方の壁に彫られている。身高は3mにも満たず、合わせた手は10、それ以外の千手が壁一面に広がり、各種の法物を携えている。とてもすばらしい。
北山石窟 Aug. 2001
Beishan Shiku
thumbnail 大足区。第133窟「水月観音」、南宋代の作品。花冠を戴き、天衣を纏った観音は、左手に数珠を持って膝に置き、右手は立てた膝に置いている。観音の左右には善財、龍女、金剛が並ぶ。
潼南大佛寺 Apr. 2004
Tongnan Dafosi
thumbnail 潼南区。大佛寺は唐咸通年間の創建、当時は定名寺といい、またの南禅寺ともいった。もともと石佛の頭があり、宋靖康年間に塑像の体が造られ、清同治年間に金箔を施されたとされる。大佛は山に依って開鑿された座像で、高さ約18.4m。大佛を覆う七重飛閣は雨風を防ぐために、後に建てられた。
清代楊氏民宅 Apr. 2004
Qingdai Yangshi Minzhai
thumbnail 潼南区。大佛を中心として、他にも摩崖造像や歴代名人の題咏が多く残り、「如飛霞」や「天開図画」などは依然として明晰な状態を残しており、今もなお見ることができる。

都市名
  豐都縣。中心地は三合街道。重慶の港を夕方6時くらいに出発、三峡下りが始まる。翌日の朝早く、豐都に寄港する。安いツアーに参加したので、ガイドも手際が悪いというか、客を確認もせずに観光地へ行ってしまう。豐都の街中を通ると、175mとか書かれた看板が立てられている。三峡ダムが完成するとここまで水位が上昇しますよという告知だ。どうやら豐都の街もまもなく沈んでしまうようだ。(2001年8月)
鬼城 Aug. 2001
Guicheng
thumbnail 名山、平都山とも呼ばれる。「酆都縣城倚平都山、道書七十二福地之一」と称される所が、なぜ鬼城になってしまったのか。
鬼城 Aug. 2001
Guicheng
thumbnail 言い伝えでは漢代に王方平、陰長生の二人が名山で修行を積み仙人となった。その後二人の姓「王、陰」を勘違いで「陰王」、閻魔大王としてしまった事から、鬼城となってしまった。中には地獄絵図を模型にして展示されたりしている。

都市名
  忠縣。中心地は忠州鎮。忠縣の港へはほんの15分程度の寄港。船に乗ったまま石寶寨を眺める。もちろん上陸して観光できるに越したことはないのだが、上ったところで河しか見えずといったところだろうか。(2001年8月)
石寶寨 Aug. 2001
Shibaozhai
thumbnail 清嘉慶年間に建造された。もとは9層の楼閣だったが、1956年の補修時に3層増築され、12層となった。高さは56m。山門の上には「小蓬莱」の3文字があり、寨各層の石壁には詩が詠まれている。
石寶寨 Aug. 2001
Shibaozhai
thumbnail 石寶寨の後ろの山は玉印山と呼ばれる。山の名は周囲が削られたように、玉印のような形をしていることから。山頂は平らになっており、清康煕、乾隆年間に建てられた天子殿がある。

都市名
  雲陽縣。中心地は双江街道。雲陽へは夕方、暗くなり始めたころに到着。観光する時間帯があまりよくないところが安いツアーの痛いところだ。まあ、張飛廟の中はちゃんとライトアップされているし、暗くて何も見えないと言うことはない。この張飛廟も三峡ダムの影響を受けるので、まもなく雲陽の街とともに移転する。
  どの港へ着いても、船を下りると露天屋台が並んで食べ物などを売っている。船の食堂ででるものはまずくて高いので、みなカップ麺など買って食べる。この露天で一つとてもうまい物を発見。小粒のジャガイモをゆでて皮をむき、いろんな香辛料とともに炒めたやつ、これが安くてうまい! 久々に気に入った食べ物であった。(2001年8月)
  前回は船で張飛廟への上陸だけだったが、今回は万州区からバスで。街もすでに移転して、真新しい建物が並ぶ。宿はターミナル前の露露招待所。安いが部屋はきれいだ。さっそく移転した張飛廟へ行ってみる。港から渡し船に乗り、対岸へ。
  新しい街は山肌に沿って作られた。至るところに坂や階段がある。徒歩ではきつい街だ。その街の最上部にある「盤石城」へも行ってみる。階段を登っても登ってもきりがない。(2005年10月)

張飛廟 Aug. 2001
ZhangFei Miao
thumbnail 蜀の名将張飛を祀った廟。謚が桓侯なので張桓侯廟とも呼ばれる。言い伝えでは蜀漢末にはすでに祠があった。現在の廟は清同治九年(西暦1870年)の洪水後に建て直されたものである。
張飛廟 Oct. 2005
ZhangFei Miao
thumbnail 移転後。
雲陽 Aug. 2001
Yunyang
thumbnail 張飛廟から対岸の雲陽の街の夜景を眺めた。雲陽も三峡ダムの影響で水中に没してしまう街の一つ。
盤石城 Oct. 2005
Panshicheng
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都市名
  奉節縣。中心地は永安鎮。三国志ファンの人はすぐにわかるだろう。白帝城は蜀の皇帝劉備が崩御した場所である。私の参加したツアーは奉節には夜中に寄港するので、この白帝城の観光は入ってないのだが、希望者は別料金で観光できるようになっているので、参加した。白帝城までは山道を登っていくのだが、途中真っ暗なところもありとても危ないので、懐中電灯を持っていった方がいいかも。白帝城は高台にあるので三峡ダム完成後も沈まないようだ。(2001年8月)
白帝城 Aug. 2001
Baidicheng
thumbnail 奉節の古称は魚復、また夔州とも呼ばれた。西漢末、四川を割拠していた公孫述が創建したと伝えられている。「殿前井中有白龍出」殿前の井戸から白龍が天に昇ったことから、西暦25年に公孫述は白帝と称するようになり、魚復を白帝城と改名した。
白帝城 Oct. 2005
Baidicheng
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永安宮故址 Oct. 2005
Yong'angong Guzhi
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白帝城 Aug. 2001
Baidicheng
thumbnail また三国時代に蜀の劉備が呉に敗れ、白帝城まで退く。そして臨終時、諸葛亮に後の事を託した場所である。
観星台 Oct. 2005
Guanxingtai
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甘夫人墓 Oct. 2005
Ganfuren Mu
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都市名
  巫山縣。中心地は巫峡鎮。朝早く、大寧河の河口に到着。そこからは小さな船に乗り換えて、小三峡を観光する。河口付近はまだ黄土色の流れだが、しばらく遡っていくと美しい色の流れに変わる。あいにく小雨がちらついていたが、景色はよかった。流れが急な瀬では船もなかなか前に進まない。遡るにはかなりの時間がかかった。小三峡の上流にはさらに小小三峡もある。
  私以外は全部中国人、行きは我先にとよい席に座り、景色の写真を撮り、ガイドにもいろいろなことを訪ねる。ここまではいいが、帰りは悪乗りパワー炸裂、飲み終わったペットボトルに河の水を汲み、河へ投げ捨てる。やっぱり環境保全という概念が根付いていないんだね...。そんなこんなで約6時間の小三峡の観光も終わり、船に戻る。すぐに巫峡を通過するので、眠い目をこすりながらしばらく船首で景色を見る。ここを過ぎると特に変化もない景色になるので、あとは爆睡。(2001年8月)

巫峡 Aug. 2001
Wuxia
thumbnail 長江三峡の一つ。重慶市の巫山の大寧河口から湖北省の巴東官渡口にかけて、全長約40kmある。風光明媚で、巫山十二峰が立ち並び、三峡の中では一番とされる。西側は金盔銀甲峡、東側は鉄棺峡とも呼ばれる。
大寧河小三峡 Aug. 2001
Daninghe Xiaosanxia
thumbnail 大寧河は巫渓とも呼ばれる。小三峡は全長約50km、龍門峡、巴霧峡と滴翠峡の3つから構成されている。また龍門峡から延々と160kmに渡って、絶壁には桟道の杭の穴が残っている。
女神峰 Aug. 2001
Nüshenfeng
thumbnail 巫山十二峰の一つ。少女が立っているように見え、それが女神の化身とされ、女神峰と呼ばれる。またの名を望霞峰といい、毎日最初に朝霞を迎え、最後に晩霞を送ることから、この名が付いた。
大寧河小三峡 Aug. 2001
Daninghe Xiaosanxia
thumbnail 黄土色の長江から一転、大寧河を遡るとコバルトブルーの美しい流れに変わる。水質もすごくよい。

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