南石窟寺 Jul. 2002
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Nanshikusi
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慶陽の北石窟寺から1年遅れて、北魏永平三年(西暦510年)、涇州刺史奚康生によって開窟された。そのため主窟である1号窟は北石窟寺165号窟とよく似ている。
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羅漢洞石窟 Jul. 2002
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Luohandong Shiku
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主窟に残る四角柱は窟の天井に接している。柱の面には、泥が塗って浮彫にし、彩色した天王像が残る。主窟の中心部分は高さ1m、幅2mほどの石壇になっており、宋代の風格がある。また東西の窟には同じく浮彫に彩色した壁画が約10平方メートル残っている。
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王母宮石窟 Jul. 2002
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Wangmugong Shiku
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王母宮石窟の外部、入口に建てられた3層の楼閣。涇川縣の西、涇河と汭河の交わる場所の山中にある。山上には金大安三年(西暦1211年)に鋳造された鉄の鐘が残る。伝説では周の穆王が8回訪れたとされ、周穆王祠などの建物も建築されている。
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南石窟寺 Jul. 2002
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Nanshikusi
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窟の頂部分には仏教故事「樹下誕生」「夜半逾城」「宮中游戯」などの浮彫が残っている。外側の佛龕は北魏、唐中期晩期のもの。北石窟寺に比べると状態は悪い。
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羅漢洞石窟 Jul. 2002
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Luohandong Shiku
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石窟入口部分に残る仏像。北魏代の立像で高さは約6m。長さ600mの岩壁に上下2層、約40の窟がある。入口部分以外の仏像はほとんど残っておらず、他の窟内には清代と民国代の墨壁画、詩文、題記などが残る。
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王母宮石窟 Jul. 2002
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Wangmugong Shiku
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北魏永平三年(西暦510年)に開窟され、長方形の窟内には、中央に方形の柱が天井まで貫き、柱も窟壁も上に行くほど狭くなっている。石彫りの仏像が3層にわたっているが、上部の物は脱落して破損しており、現存の仏像は約100尊。
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